アスベスト被害に関する退職者の団体交渉権

日本国憲法第28条で、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」とされている。これにもとづき、労働組合法第6条では「労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は、労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有する」。そして同7条では、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」などの行為を禁止している。

このように、労働組合(ユニオン)の申し出に対して、組合員の使用者(会社)は基本的に交渉に応じなければならないことが法律によって規定されている。

退職した元労働者の組合加入と団体交渉権

周知のように、中皮腫や肺がんといったアスベスト被害はアスベストばく露から数十年が経過してから発症する。これまでの研究では、初回ばく露から60年以上が経過して中皮腫を発症した事例などもある。アスベスト被害に関連して、アスベストユニオンをはじめとする、いくつかの労働組合ではニチアスなどのアスベスト関連企業に対して団体交渉を申し入れるものの、正当な理由もなく拒否されることがあった。

住友ゴム工業不当労働行為事件

そのような事例の一つが、ひょうごユニオンが住友ゴム工業に対して団体交渉を申し入れたものの拒否され、その判断が最高裁判に委ねられる段階まで発展した事例だ。ひょうごユニオンは、住友ゴム工業を退職した労働者の同組合への加入後、アスベスト健康被害に関して同社に団体交渉を申し入れたのの拒否された。同ユニオンは兵庫県労働委員会に救済申し立てをしたが、同労働委員会は不当労働行為に当たらないとする決定をした。

ひょうごユニオンは、兵庫県労働委員会の命令の取り消しを求めて神戸地裁に提訴。同地裁および上級審の大阪高裁でも団体交渉権を認める判決が出され、2011年11月10日に最高裁も退職者の団体交渉権を認めるとの判断をした。つまり、(1)退職した労働者であっても会社側は団体交渉に応じる義務があり、(2)会社を退職した後であることを理由に団体交渉を拒否することは認められない、ことが明確になった。

本田技研工業不当労働行為事件

この事件は住友ゴム事件と異なり、悪性胸膜中皮腫を発症した被災者であるA氏一人がアスベストユニオンに加入し、本田技研工業に対して団体交渉を申し入れた。会社は、すでに組合員が会社を退職していることから、労働組合法上の労働者にあたらないとして団体交渉に応じなかったことからユニオンは神奈川県労働員会に申し立てをした。神奈川県労働委員会は、組合(アスベストユニオン)を労働組合法上の「使用者が雇用する労働者の代表者」であると認めて本田技研に対して団体交渉申し入れを拒否してはならない旨の文書を交付したが、同社はこれを不服として中央労働委員会に再審査を申し立てた。

2012年9月28日に中央労働委員会は、(1)会社が団体交渉を拒否したことは不当労働行為であると認定し、(2)A氏が悪性胸膜中皮腫を発症したことに対する謝罪と損害賠償、A氏の職場におけるアスベスト被害の実態調査、についても義務的団交事項であると認定して、本田技研に命令書を交付した。

なお、A氏の損害賠償については上記命令書の交付以前に、東京高裁で和解が成立している。

遺族の要求も団体交渉事項

アスベストユニオンに加入した山陽断熱(岡山や愛媛に工場がある)の退職者や遺族の団体交渉をめぐっても、同社が団体交渉を拒否した問題で2009年2月25日に神奈川県労働委員会が不当労働行為にあたると認定し、団体交渉に応じるよう命令を出している。この命令の中では、元退職者の団体交渉権を認めていることはもちろん、退職者の遺族についても「元従業員である組合員と元従業員の遺族である組合員の要求事項は共通し、密接に関連している」と認定し、会社の対応を誠実な対応とは言えないと断じている。

参考

ひょうご労働安全センター「遺族の要求も団体交渉対象事項」『安全センター情報』2009年5月号

NPO法人ひょうご労働安全衛生センター 住友ゴム事件 最高裁が退職者の団交権を認める

中央労働委員会 本田技研工業不当労働行為再審査事件

Posted by asbestos-union